近づくほど、静かな呼吸が聴こえ、作品が語りかけてくる。ここには境界は、存在しない。
清澄白河駅を出て、下町風の建物とリノベーションされたカフェが並ぶ昔と今が入り混じった街並みを抜ける。水の流れが聞こえ、人で賑わう石造りの巨大な建物が現れた。
ここは東京都現代美術館。現代アートの変遷を辿ることのできる施設として1995年に誕生した。都現美(とげんび)という愛称で今日まで親しまれ、5千点を超える国内外の作品・資料を収蔵している。都現美の常設展は「MOTコレクション」と呼ばれる。動き続ける現代美術の動向に合わせて、年に4回切り口を全く変えた展示を行うため「常設」ではないのだ。
館内に入ると、光が差し込む全長140メートルの大空間が広がる。外には公園が見え、その反対側にはコンクリートの上に立つモニュメント。自然とモダン建築を掛け合わせた設計は、今と昔が混在する清澄白河そのものを表しているかのように感じられる。
ふと、足跡のような、耳のような不思議なマークが書かれたプレートを見つけた。『点音(おとだて)』という作品だ。
作品を”踏む”ことに内心驚きながらも案内に従い、作品の上に立ちじっと耳を澄ます。家族連れの楽しそうな話し声、来場者の歩く音、館内の空気の流れ。毎日触れているはずなのに、初めてのような新鮮さがあった。この『点音』は敷地内のあちこちに置かれており、普段気に留めることもない日常を耳で、肌で、感じられる。私もこの瞬間、誰かの聴く「話し声」「歩く音」になっているのかもしれない。現代アートを鑑賞するために訪れたはずが、いつのまにか私もこの巨大な作品の一部になっていることに気が付いた。
展示室に足を踏み入れると、絵画、仮面、ドレスや神棚、リカちゃん人形まで様々な形の現代アートが出迎えてくれる。
ぐっと近づいて作品を観察してみる。作者の手の形、繊細な筆使い。作者の作品に込めた想いが真っ直ぐに伝わってくる。まるで話しかけられているみたいに。「寂しい。」そう言っているかのような作品に、いつかの自分を思い出す。一見すると理解しにくい現代アートにも、どこか親近感が湧いてきた。
「あれ、美術館ってこんなに近づいていいんだっけ」
足元を見ると美術館によくある、距離を保つためのテープがなかったことに気が付いた。一つの作品だけでなく、展示室内だけでもなく、美術館全体に境目がないのだ。
都現美は境界のない美術館なのかもしれない。作品には隔たりなく触れそうになるくらいまで近づける。鑑賞者と作品という超えられない境界を超え、鑑賞者が作品の一部となることさえある。作品に限りなく近づけるからこそ、作者の感情や想いが生々しいほどに訴えかけてくる。
家に着いても、間近で聞いた作品たちの声がありありと頭に焼き付いていた。
住所:東京都江東区三好 4-1-1(木場公園内)
アクセス:東京メトロ半蔵門線「清澄白河駅」B2番 出口より徒歩9分/都営地下鉄大江戸線「清澄白河駅」A3 番出口より徒歩13分
開館日:火曜日〜日曜日
開館時間:10:00〜18:00
キャンパスメンバーズが使える範囲:MOTコレクション無料
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